No.02 Tend the Mind心を整える
心の葛藤を統合するパートとビジュアルスカッシュ
「やりたいけど怖い」など心の葛藤に悩むときに。葛藤の3つの型、心の中の複数の「パート」として気持ちを捉える見方、それぞれの願いを聞くワーク、NLPのビジュアルスカッシュの手順と根拠の限界、どちらかを選ぶ以外の道を紹介します。
この記事の結論
心の葛藤とは、両立しにくい複数の気持ちを同時に抱え、どちらにも決められない状態です。それぞれの気持ちを心の中の「パート」として捉え、何を守ろうとしているのかを聞いていくと、奥に共通する願いが見つかることがあります。どちらかを負かすのではなく、両方の願いを生かす道を探すのが統合です。
- 葛藤は、大切なものが二つ以上あるからこそ生まれる
- 気持ちを「パート」として分けて聞くと、それぞれの願いが見えてくる
- 統合は、どちらかが勝つことではなく、両方の願いを生かす道を探すこと
目次 Contents
転職したい。でも、今の安定を手放すのが怖い。休みたい。でも、休んだら置いていかれる気がする。頭の中で二つの声が綱引きをして、どちらにも動けないまま、時間だけが過ぎていく。
「優柔不断な自分が嫌だ」と感じているかもしれません。でも、迷っているのは、どちらの気持ちも本物だからです。片方がどうでもいいものなら、そもそも葛藤は起きません。
この記事では、心の葛藤のしくみを整理したうえで、葛藤を「心の中の複数のパート」の対話として捉える見方を紹介します。それぞれの願いを聞き、両方を生かす道を探すワークも用意しました。NLPのビジュアルスカッシュという技法も、根拠の限界とあわせて紹介します。
心の葛藤とは? 一言でいうと
心の葛藤とは、両立しにくい複数の気持ちや欲求を同時に抱え、どちらにも決められない状態のことです。
心理学者のクルト・レヴィンは、葛藤をいくつかの型に分けて考えました。日常の例とあわせて整理します。
| 型 | どんな状態か | 例 |
|---|---|---|
| 接近と接近 | 魅力的なものが二つあり、一つしか選べない | 行きたい旅行先が二つある |
| 回避と回避 | 避けたいものが二つあり、どちらかを選ぶしかない | 残業も嫌だが、仕事を持ち帰るのも嫌 |
| 接近と回避 | 一つのものに、魅力と怖さの両方がある | 独立したいが、収入が不安定になるのが怖い |
いちばん長引きやすいのは、三つ目の「接近と回避」の葛藤です。近づくほど怖さが大きくなり、離れるほど魅力が気になる。そのため、同じところを行ったり来たりしやすいのです。
依存症などの支援で使われる動機づけ面接でも、「変わりたい」と「変わりたくない」の両方を抱えることは、ごく自然なこととして扱われます(Miller & Rollnick, 2013)。葛藤は、心が故障しているしるしではありません。
葛藤を「心の中の複数のパート」として見る
「自分の一部は挑戦したがっていて、別の一部は止めようとしている」。こんな言い方をしたことはないでしょうか。
NLP(神経言語プログラミング。優れた心理療法家の観察から生まれたコミュニケーションと自己変容の手法)では、こうした気持ちの側面を「パート」と呼びます。人の心は一枚岩ではなく、それぞれ異なる願いをもった、いくつかのパートの集まりのように働く、と考えるのです。
似た発想は、ほかの心理療法にもあります。ゲシュタルト療法では、二つの椅子を使い、対立する気持ちに交互に座って語らせる方法が使われてきました。心理学者グリーンバーグは、この方法を自己批判などの葛藤の解決に用い、研究を重ねています(Greenberg, 1979)。ゲシュタルトという言葉については、用語辞典のゲシュタルトをご覧ください。
心理療法家リチャード・シュワルツの「内的家族システム療法(IFS)」も、心をいくつものパートの集まりとして捉えるアプローチです(Schwartz, 1995)。
どのパートも、何かを守ろうとしている
パートの考え方の要は、どのパートにも、あなたのためになろうとする意図があるという見方です。NLPではこれを「肯定的意図」と呼びます。
転職を止めようとするパートは、あなたを困らせたいわけではありません。生活の安心を守ろうとしているのかもしれません。挑戦したいパートは、成長や自分らしさを大切にしているのでしょう。
対立しているのは、意図ではなく、意図を満たす方法のほうです。この見方に立つと、どちらかを「悪者」にせずに済みます。困った行動の裏にある意図については、二次的利得とは?やめられない行動の隠れた理由でも扱っています。
それぞれのパートの願いを聞く
まずは、対立している二つのパートに、それぞれ言い分を語ってもらいます。
多くの場合、問いをくり返すと、二つのパートの願いは近づいていきます。「挑戦したい」の奥には「自分らしく生きたい」があり、「止めたい」の奥には「安心して暮らしたい」がある。さらに奥には、「安心して、自分らしく生きたい」という一つの願いが見えてくるかもしれません。
「変わりたくない自分」にも、言い分がある
「わかっているのに、できない」。新しい習慣が続かないときも、心の中では同じ綱引きが起きています。『「わかっているのにできない」がなくなる 習慣化のシンプルなコツ』PRでは、これを「2人の部下」にたとえたワークが紹介されています。新しい習慣を身につけたい部下と、それに抵抗している部下です。
この本で印象的なのは、抵抗する側の動機も「プラスのもの」として聞く点です。変わらないことで、今の安全や慣れた暮らしを守っている。そう受け止めると、抵抗は「怠け」ではなく、あなたを守ろうとする働きに見えてきます。紙に書く上のワークに対して、こちらは体の感覚を手がかりにします。
ビジュアルスカッシュとは
NLPには、この考え方をイメージで行う「ビジュアルスカッシュ」という技法があります。スカッシュは「押しつぶす」という意味で、二つのパートを両手に乗せ、最後に一つに合わせていくことからこう呼ばれます。
基本的な流れは、次のとおりです。
- 対立する二つのパートを、それぞれ左右の手のひらに乗せているところを想像します。
- それぞれのパートが、どんな姿や色、声をしているかを思い描きます。
- 片方ずつ「あなたの肯定的な意図は何?」と聞き、共通する願いにたどり着くまで問いを重ねます。
- それぞれが、相手のパートにどんな力があるかを認め合うところを想像します。
- 両手をゆっくり近づけ、二つのイメージが混ざり合い、新しい一つのイメージになるのを待ちます。
- 合わさったイメージを、胸に抱き寄せるようにして、自分の中に取りこみます。
手を実際に動かすことで、頭の中だけで考えるよりも、体の感覚として変化を感じやすくなる、とNLPでは説明されます。
統合とは「どちらかが勝つこと」ではない
葛藤を解決するというと、どちらか一方を選び、もう一方をあきらめることだと思いがちです。でも、パートの考え方でいう統合は、少し違います。
両方のパートの願いが見えると、「第三の道」が見つかることがあります。転職したいけれど安定も手放せないなら、いきなり辞めるのではなく、副業で新しい分野を試してみる。休みたいけれど置いていかれるのが怖いなら、完全に休むのではなく、半日だけ予定を空ける。
どちらかが勝つと、負けたパートは不満を抱えたまま残ります。そして、あとで別の形で顔を出します。両方の願いが少しずつでも満たされると、心の中の綱引きは静かになっていきます。
選んだ道が、生活や人間関係のほかの部分と無理なく両立するかも確かめておきましょう。その方法はエコロジーチェックとは?その目標は本当に自分のため?で紹介しています。
葛藤を抱えたまま、進んでもいい
ただ、すべての葛藤が、すぐに一つにまとまるわけではありません。大切な価値観どうしがぶつかっているときは、今は片方を優先するしかないこともあります。
それでも、もう一方の願いを「なかったこと」にしないことが大切です。「今は安定を選ぶ。でも、挑戦したい気持ちがあることは忘れない」。そう言葉にしておけば、その願いは、別の形で満たす機会を待つことができます。
矛盾した気持ちを抱えたときの心の動きは、認知的不協和とは?心のモヤモヤの正体と付き合い方でも扱っています。自分にとって何が大切かを確かめたいときは、価値観の見つけ方|大切なものを言葉にするワークが手がかりになります。
迷っているのは、大切なものが二つあるから
心の中で二つの声がぶつかるのは、つらいものです。でもそれは、あなたが一つのことしか大切にできない人ではなく、いくつもの大切なものを抱えている人だという証拠でもあります。
どちらかの声を黙らせなくてかまいません。それぞれに「何を守ろうとしているの?」と聞いてみる。答えが少しずつ聞こえてくると、二つの声は、いつのまにか同じ方向を向きはじめます。心と言動がそろっていく感覚については、自己一致とは?心と言動がそろう生き方で紹介しています。
今日はまず、綱引きをしている二つの声に、それぞれ名前をつけるところから始めてみてください。
A question for you
あなたへの問い
あなたの中で綱引きをしている二つの声は、それぞれ何を守ろうとしていますか?
このメモは、あなたのブラウザの中だけに保存されます。誰にも送信されません。
よくある質問
心の中に「パート」があるというのは、多重人格のようなものですか?
違います。ここでいうパートは、「仕事を頑張りたい自分」「休みたい自分」のように、誰もが感じる気持ちの側面をわかりやすく呼ぶための言葉です。記憶が途切れる、自分が自分でない感覚が続くといった状態は別のものなので、その場合は専門家に相談してください。
ビジュアルスカッシュには、科学的な根拠がありますか?
ビジュアルスカッシュの効果を厳密に確かめた研究は、ほとんどありません。心の中の対立する気持ちに声を与え、対話させるという発想は、ゲシュタルト療法などの心理療法とも共通します。根拠のある治療としてではなく、自分の気持ちを整理する内省の方法として使ってください。
葛藤がずっと解決しません。どうすればいいですか?
すべての葛藤が、すぐに解決するわけではありません。どちらの気持ちも大切なまま、今は片方を優先し、もう片方は別の形で満たす、という選び方もあります。迷っている状態を責めず、「今はまだ決める時期ではない」と認めることが、かえって前に進む助けになることもあります。
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References
- Lewin, K. (1935). A Dynamic Theory of Personality. McGraw-Hill.
- Bandler, R., & Grinder, J. (1982). Reframing: Neuro-Linguistic Programming and the Transformation of Meaning. Real People Press.
- Dilts, R., & DeLozier, J. (2000). Encyclopedia of Systemic Neuro-Linguistic Programming and NLP New Coding. NLP University Press.
- Schwartz, R. C. (1995). Internal Family Systems Therapy. Guilford Press.
- Greenberg, L. S. (1979). Resolving splits: Use of the two chair technique. Psychotherapy: Theory, Research & Practice, 16(3), 316–324.
- Miller, W. R., & Rollnick, S. (2013). Motivational Interviewing: Helping People Change (3rd ed.). Guilford Press.
- 『「わかっているのにできない」がなくなる 習慣化のシンプルなコツ』第5章 p.236-239
- 厚生労働省「まもろうよ こころ」