No.02 Tend the Mind心を整える
アンカリングとは?望む気持ちを呼び出すNLP技法
アンカリングとは、特定の動作や音などのきっかけと、心の状態を結びつけるNLPの技法。行動経済学のアンカリング効果との違い、条件づけとの関係と根拠の限界、基本の手順、スタッキングやコラプシングなどの技法、緊張する場面での使い方を紹介します。
この記事の結論
NLPのアンカリングとは、指を合わせる動作や特定の言葉などのきっかけ(アンカー)と、落ち着きや自信といった心の状態を結びつけ、必要なときに呼び出せるようにする技法です。行動経済学でいう「アンカリング効果」とは別の概念です。
- アンカーは、ある気持ちを呼び起こすきっかけ。香りや音楽で誰もが体験している
- 行動経済学の「アンカリング効果」は、最初の数字に判断が引っぱられる別の現象
- 根拠は限られるが、本番前のルーティンづくりとして試す価値はある
目次 Contents
大事なプレゼンの前になると、手が冷たくなって頭が真っ白になる。面接や試験で、いつもの力が出せない。「落ち着いて」と自分に言い聞かせても、体が言うことを聞かない。そんな経験から、気持ちを切り替える方法を探しているのかもしれません。
一方で、なつかしい曲を聴いた瞬間、学生時代の気持ちがよみがえることもあります。実家の匂いをかいだだけで、ほっと力が抜けることもある。気持ちは、思いがけないきっかけで、一瞬で切り替わることがあるのです。
NLPのアンカリングは、この「きっかけで気持ちが切り替わる」しくみを、意図して使おうとする技法です。
この記事では、アンカリングの意味と、よく混同される行動経済学の「アンカリング効果」との違いを整理します。もとになった条件づけの考え方と、根拠の限界も正直にお伝えします。そのうえで、基本の手順、いくつかの応用技法、緊張する場面での使い方を紹介します。
アンカリングとは? 一言でいうと
アンカリングは、NLP(神経言語プログラミング。優れた心理療法家の観察から生まれたコミュニケーションと自己変容の手法)の技法のひとつです。あるきっかけと、ある心の状態を結びつけ、そのきっかけで状態を呼び出せるようにすることを指します。
このきっかけを「アンカー(錨)」と呼びます。船が錨で同じ場所にとどまるように、きっかけによって心がある状態に戻ってくる、というたとえです。
アンカーは、特別なものではありません。私たちの日常は、気づかないうちにつくられたアンカーであふれています。
- 音:なつかしい曲を聴くと、当時の気分がよみがえる
- 香り:金木犀の香りで、秋の帰り道を思い出す
- 場所:職場の建物に入ると、自然と気が引きしまる
- 声や言葉:苦手な人の声を聞くだけで、身構えてしまう
香りについては、こんな研究もあります。香りがきっかけでよみがえる思い出は、写真などがきっかけの思い出より、感情を強く伴いやすいというものです(Herz & Schooler, 2002)。
アンカーには、心地よい状態を呼ぶものもあれば、不快な状態を呼ぶものもあります。アンカリングは、このしくみに気づき、自分に役立つアンカーを意図してつくる技法です。
行動経済学の「アンカリング効果」とは別物
「アンカリング」で検索すると、行動経済学の話が出てくることがあります。名前は似ていますが、まったく別の概念です。
| NLPのアンカリング | 行動経済学のアンカリング効果 | |
|---|---|---|
| 意味 | きっかけと心の状態を結びつける技法 | 最初に示された数字に、判断が引っぱられる偏り |
| 例 | 指を合わせると落ち着きが戻る | 定価「1万円」を見たあとの「5千円」が安く感じる |
| 使う場面 | 自分の状態を整える | 価格設定、交渉、意思決定の研究 |
アンカリング効果は、心理学者のトヴェルスキーとカーネマンの研究で広く知られるようになりました(Tversky & Kahneman, 1974)。この記事で扱うのは、NLPのアンカリングのほうです。
アンカーはなぜ働くのか:条件づけとのつながり
アンカリングの土台にあるのは、心理学でいう「条件づけ」の考え方です。
ロシアの生理学者パブロフは、犬にエサを与える前にメトロノームなどの音を鳴らす実験をくり返しました。すると、犬は音を聞いただけで、よだれを出すようになりました(Pavlov, 1927)。もともと関係のなかった刺激と反応が、くり返し一緒に起きることで結びついたのです。
NLPの創始者たちは、この結びつきが、感情や心の状態についても起きると考えました(Bandler & Grinder, 1979)。そして、意図して結びつきをつくる手順を「アンカリング」として体系化しました。
アンカーを設定する基本の手順
ここからは、自分のために、落ち着きや自信を呼び出すアンカーをつくってみましょう。NLPでは、アンカーを効果的にするポイントとして、次の4つがよく挙げられます。
| ポイント | 意味 |
|---|---|
| 強さ | 結びつける状態を、できるだけ強く体験する |
| タイミング | 状態がいちばん高まる直前から、ピークにかけてアンカーを入れる |
| 独自性 | ふだん何気なくしない、はっきりした動作を選ぶ |
| 再現性 | いつでも同じように、さりげなく再現できる動作を選ぶ |
『NLP 超心理コミュニケーション』PRでも、ほぼ同じ4つの要件が挙げられています。そのうえで、結びつける状態について、「明確で、完全に再経験できる」ことを求めている点が参考になります。落ち着きと不安が混じった記憶より、迷わず「あれは落ち着いていた」と言える場面を選ぶ。強さだけでなく、状態の「混じりけのなさ」も意識してみてください。
たとえば「親指と人差し指を合わせる」「左手首を右手で軽く握る」は、人前でも目立たず、同じ形で再現しやすいアンカーです。
ステップ7で少しでも気持ちが動けば、アンカーの種ができています。何も感じなくても、がっかりする必要はありません。思い出す記憶を変えたり、日を変えてくり返したりしてみてください。
思い出すときは、記憶を外から眺めるより、その場面に入りこむのがコツです。「自分の目で見ている」ように思い出すほうが、気持ちがよみがえりやすいとされます。こうした心の資源となる体験を、NLPでは「リソース」と呼びます(用語辞典:リソース)。
いろいろなアンカー技法
基本の手順に慣れたら、目的に合わせて応用することもできます。NLPでよく紹介される技法を整理します。
| 技法 | しくみ | 向いている場面 |
|---|---|---|
| スタッキング | 複数のよい状態を、同じアンカーに重ねる | 落ち着きと自信と集中を、まとめて呼び出したい |
| チェイン | 状態を段階的につないでいく | 落ちこみから一気にやる気へ飛ぶのが難しい |
| コラプシング | よい状態と嫌な状態のアンカーを同時に使い、嫌な反応を弱める | 特定のきっかけで反応する不安をやわらげたい |
| スライディング | 動作の位置をずらすことで、状態の強さを調整する | 気持ちの強さを少しずつ上げ下げしたい |
スタッキング:よい状態を重ねる
スタッキングは、同じ場所に複数のリソースを積み重ねる方法です。たとえば、落ち着いていたとき、自信があったとき、楽しかったとき、それぞれの記憶で同じ指の動作を使います。ひとつのアンカーで、複数のよい状態をまとめて呼び出せるようにするのがねらいです。
チェイン:段階的に移っていく
落ちこんでいるときに、いきなり「やる気満々」の状態に切り替えるのは難しいものです。チェインは、落ちこみ→少し好奇心→ちょっとワクワク→やる気、というように、間の状態をつないでいく方法です。それぞれの状態に別のアンカーをつくり、順番に使っていきます。
コラプシング:嫌な反応をやわらげる
コラプシングは、嫌な状態のアンカーと、よい状態のアンカーを同時に使う方法です。二つの状態がぶつかり合い、嫌な反応が弱まるとされます。不安と両立しにくいリラックスを組み合わせて不安を弱めるという発想は、行動療法の系統的脱感作にも見られます(Wolpe, 1958)。ただし、強い恐怖や、つらい記憶に結びついた反応には、自己流で使わないでください。
スライディング:強さを調整する
スライディングは、たとえば人差し指の付け根から先端へ指をすべらせる動作に、弱い状態から強い状態までを対応させる方法です。すべらせる位置によって、呼び出す状態の強さを調整できるようにします。
緊張する場面で使う:本番前の手順
ここからは、プレゼンや面接など、緊張する場面での使い方を紹介します。大切なのは、本番の当日ではなく、数日前から準備しておくことです。
ステップ5には、研究の裏づけがあります。ある実験では、人前で話す前に「私はワクワクしている」と言った人が、「私は落ち着いている」と言った人より、よい評価を得ました(Brooks, 2014)。緊張の高ぶりを無理に静めるより、「やる気の高まり」と受け止め直すほうが、体の状態とも合いやすいのです。
失敗が怖くて足がすくむ人は、失敗が怖いあなたへ|失敗をフィードバックに変えるもあわせて読んでみてください。
うまくいかないときと、気をつけたいこと
使わないと弱まる
アンカーは、使わずにいると弱まっていくと考えられています。条件づけの研究でも、結びつきは強化されないと薄れていくことが知られています。よい状態のときにときどきアンカーを使って、結びつきを保っておきましょう。
反対に、落ちこんでいるときに何度もアンカーを使うと、アンカーが落ちこみと結びついてしまうおそれもあります。うまく効かないときは無理に使い続けず、まずはブレイクステートで気持ちを切り替えてください。気持ちの切り替え方は、感情コントロールの方法|ステートを整えるコツで紹介しています。
日常の「嫌なアンカー」に気づく
アンカリングの考え方は、新しいアンカーをつくるだけでなく、すでにあるアンカーに気づくのにも役立ちます。仕事のチャットの通知音を聞くだけで、休日でも胸がざわつく。それは、通知音が「仕事の緊張」のアンカーになっているのかもしれません。
そんなときは、通知音を変える、休日は通知を切るなど、きっかけのほうを変えるのが手軽です。環境を整えて習慣を変える方法は、習慣化のコツ|小さな変化が人生を変える理由でも扱っています。
記憶のイメージそのものを変える方法もある
嫌な場面のイメージが、何度もよみがえって気持ちを引きずるときは、イメージの見え方を変える方法もあります。NLPでは、スウィッシュとは?嫌なイメージを書き換える技法や、サブモダリティとは?記憶の「質感」を変えるとして紹介されています。
気持ちは、思い出せる場所にある
アンカリングの考え方が教えてくれるのは、落ち着きや自信は、どこか遠くから手に入れるものではないということです。あなたはすでに、落ち着いていた瞬間も、力を発揮できた瞬間も、体験しています。その気持ちは、思い出せる場所にちゃんと残っています。
アンカーは、そこへ戻るための目印にすぎません。指を合わせる動作に魔法の力があるわけではなく、あなたの中にある記憶と体験が、気持ちを呼び起こしているのです。
今日、心地よい気分になった瞬間があったら、その場で小さく深呼吸してみてください。そのとき見えていたもの、聞こえていた音を、少しだけ心に刻んでおく。それが、あなただけのアンカーの最初の一粒になります。
A question for you
あなたへの問い
聴くと一瞬であの頃の気持ちに戻れる曲は、ありますか?
このメモは、あなたのブラウザの中だけに保存されます。誰にも送信されません。
よくある質問
アンカリングとアンカリング効果は、何が違うのですか?
NLPのアンカリングは、きっかけと心の状態を結びつけて、望む気持ちを呼び出す技法です。行動経済学のアンカリング効果は、最初に示された数字などに、その後の判断が引っぱられる認知の偏りのことです。同じ「錨」のたとえを使っていますが、まったく別の話です。
アンカーは一度つくれば、ずっと使えますか?
使わずにいると弱まりやすいと考えられています。条件づけの研究でも、結びつきは強化されないと薄れていくことが知られています。定期的に、よい状態のときにアンカーを使って結びつきを確かめ直すのがおすすめです。
アンカリングに科学的な根拠はありますか?
アンカリングのもとになった条件づけは、心理学で確かめられた現象です。一方、NLPの手順そのものの効果を確かめた質の高い研究は、ほとんどありません。ただ、本番前の決まった手順が不安をやわらげるという研究はあり、ルーティンづくりとして試す価値はあります。
人に対してアンカーを使ってもいいですか?
相手の同意なく、気持ちを操作する目的で使うことはおすすめしません。信頼関係を損ない、相手を操作の対象として見ることになるからです。この記事では、自分自身の状態を整えるための使い方を紹介しています。
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References
- Pavlov, I. P. (1927). Conditioned Reflexes (G. V. Anrep, Trans.). Oxford University Press.
- Bandler, R., & Grinder, J. (1979). Frogs into Princes: Neuro Linguistic Programming. Real People Press.
- O'Connor, J., & Seymour, J. (1990). Introducing Neuro-Linguistic Programming. Mandala.
- Tversky, A., & Kahneman, D. (1974). Judgment under uncertainty: Heuristics and biases. Science, 185(4157), 1124–1131.
- Herz, R. S., & Schooler, J. W. (2002). A naturalistic study of autobiographical memories evoked by olfactory and visual cues: Testing the Proustian hypothesis. American Journal of Psychology, 115(1), 21–32.
- Wolpe, J. (1958). Psychotherapy by Reciprocal Inhibition. Stanford University Press.
- Brooks, A. W. (2014). Get excited: Reappraising pre-performance anxiety as excitement. Journal of Experimental Psychology: General, 143(3), 1144–1158.
- Brooks, A. W., Schroeder, J., Risen, J. L., Gino, F., Galinsky, A. D., Norton, M. I., & Schweitzer, M. E. (2016). Don't stop believing: Rituals improve performance by decreasing anxiety. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 137, 71–85.
- Witkowski, T. (2010). Thirty-five years of research on neuro-linguistic programming. NLP research data base. State of the art or pseudoscientific decoration? Polish Psychological Bulletin, 41(2), 58–66.
- Sturt, J., Ali, S., Robertson, W., Metcalfe, D., Grove, A., Bourne, C., & Bridle, C. (2012). Neurolinguistic programming: A systematic review of the effects on health outcomes. British Journal of General Practice, 62(604), e757–e764.
- 『NLP 超心理コミュニケーション』理論編05 p.25
- 厚生労働省「まもろうよ こころ」