No.02 Tend the Mind心を整える

トランス状態とは?集中と没入の心理学

トランス状態とは、注意が一点に向かい、周りへの意識が薄れた状態のこと。読書や運転中の「気づいたら」という日常のトランス、催眠やフロー状態との違い、よくある誤解、集中や切り替えに安全に活かす方法を紹介します。

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この記事の結論

トランス状態とは、注意が一つのことに深く向かい、周りへの意識や時間の感覚が薄れた状態のことです。特別な体験ではなく、読書に夢中になる、考えごとで駅を乗り過ごすなど、日常でも起きています。入り口と出口を意識すると、集中や気持ちの切り替えに安全に活かせます。

  • トランス状態は、注意が一点に絞られ、周りへの意識が薄れた状態
  • 読書への没頭や運転中のぼんやりなど、日常でも誰もが経験している
  • 催眠で人が操られるというイメージは誇張。入り口と出口を意識して使う
目次 Contents
  1. トランス状態とは? 一言でいうと
  2. 日常の中のトランス
  3. トランスと催眠の関係
  4. トランスとフロー状態の違い
  5. ミルトン・エリクソンとNLPのトランス
  6. 日常のトランスを、安全に活かす
  7. トランスと付き合うときの注意
  8. 没入する力は、もともとあなたの中にある

「トランス状態」と聞くと、催眠術師が振り子を揺らす場面や、儀式で我を忘れて踊る人たちを思い浮かべるかもしれません。どこか怪しい、自分には関係のない世界の言葉に聞こえます。

でも、本を読んでいて呼ばれたことに気づかなかった。考えごとをしていて、降りる駅を乗り過ごした。そんな経験なら、あなたにもあるのではないでしょうか。じつは、それもトランス状態の一つの形です。

この記事では、トランス状態とは何かを、怪しいイメージから切り離して整理します。催眠やフロー状態との違い、よくある誤解を押さえたうえで、集中や気持ちの切り替えに安全に活かす方法を紹介します。

トランス状態とは? 一言でいうと

トランス状態とは、注意が一つのことに深く向かい、周りへの意識や時間の感覚が薄れた状態のことです。英語の trance は、ラテン語の「向こう側へ渡る」という言葉に由来します。

心理学では、ふだんの目覚めた意識とは質の違う状態を、まとめて「変性意識状態」と呼ぶことがあります。1969年に心理学者チャールズ・タートが編んだ論文集の書名から広まった言葉です。トランスは、その代表的なものの一つです。

ただし、トランスには、研究者のあいだで一致した一つの定義があるわけではありません。人類学では儀式の中の憑依のような体験を、催眠研究では催眠中の状態を、コーチングやNLPでは日常の没入を指して使います。この記事では、主に日常の没入としてのトランスを扱います。

日常の中のトランス

トランスは、特別な人だけが入る状態ではありません。たとえば、こんな場面です。

  • 小説や映画に入りこみ、気づいたら2時間たっていた
  • 慣れた道を運転していて、途中の景色をほとんど覚えていない
  • 単純な作業を続けているうちに、頭がぼんやり静かになった
  • 好きな音楽を聴いていて、周りの音が聞こえなくなった
  • 考えごとに夢中で、目の前の人の話が耳に入っていなかった

長距離の運転中に、意識はあるのに途中の記憶がない状態は、「ハイウェイ・ヒプノシス」と呼ばれることもあります。心理療法家のミルトン・エリクソンは、こうした誰もが経験する没入を、催眠と地続きのものとして扱ったことで知られています。

NLP(神経言語プログラミング。優れた心理療法家の観察から生まれたコミュニケーションと自己変容の手法)にも、似た区別があります。注意が外の世界に向いている状態を「アップタイム」、内側に向いている状態を「ダウンタイム」と呼ぶのです。日常のトランスは、多くがダウンタイムに近い状態です。詳しくは用語辞典のアップタイム/ダウンタイムをご覧ください。

没入しやすさには個人差がある

心理学者のテレゲンとアトキンソンは、何かに我を忘れて入りこむ傾向を「没入傾向(アブソープション)」と名づけ、質問票で測りました(Tellegen & Atkinson, 1974)。そして、この傾向が強い人ほど、催眠にかかりやすい傾向があることを報告しています。

夕焼けを見て時間を忘れる人もいれば、どんなときも周りが気になる人もいます。どちらがよい、悪いではありません。没入しやすさは、人それぞれの持ち味の一つです。

トランスと催眠の関係

催眠は「暗示に反応しやすくなった集中状態」

アメリカ心理学会の催眠部会は、2014年に催眠の定義を見直しました。そこでは催眠を、注意が集中し、周りへの意識が薄れ、暗示に反応しやすくなった意識の状態としています(Elkins ら, 2015)。

催眠は、日常のトランスと同じ「注意の集中」を土台にしながら、そこに暗示を組み合わせたものと考えると整理しやすくなります。

一方で、催眠が本当に「特別な意識状態」なのかについては、長く議論が続いてきました。期待や想像、役割への没入といった、ふだんの心の働きで説明できるという立場もあります(Kirsch & Lynn, 1995)。脳の研究も進んでいますが、決着はついていません。

催眠についてのよくある誤解

よくあるイメージ実際に言われていること
眠っている眠りではない。注意はむしろ集中している
意のままに操られる本人が強く拒むことを無理にさせるのは難しいとされる
誰でもすぐかかるかかりやすさには大きな個人差がある
忘れた記憶を正確に思い出せる正確になるとは限らず、誤った記憶が混ざる危険が指摘されている

医療の場では、痛みや不安の緩和などに、催眠が補助的に使われることがあります。認知行動療法に催眠を組み合わせた研究をまとめた分析では、組み合わせたほうが効果が大きかったと報告されています(Kirsch ら, 1995)。ただし、こうした使い方は、訓練を受けた医療者のもとで行われるものです。

トランスとフロー状態の違い

没入といえば、「フロー」という言葉を思い浮かべる人もいるでしょう。心理学者チクセントミハイが提唱した、課題に完全に入りこんだ最高の集中状態です(Csikszentmihalyi, 1990)。

フロートランス(広い意味)
関わり方能動的に取り組んでいる能動的なことも、受け身なこともある
条件難しさと自分の力がつり合っている特に決まった条件はない
例演奏、スポーツ、熱中した仕事読書、音楽、ぼんやりした運転、瞑想
共通点注意の集中、時間感覚の変化、自分への意識が薄れる同左

この表は、二つの言葉の使われ方を整理した目安です。フローは、トランスのうち「目的をもった能動的な没入」にあたる、と考えるとわかりやすいでしょう。ぼんやりと心がさまよう状態との違いは、デフォルトモードネットワークとは?ぼーっとする効用で扱っています。

ミルトン・エリクソンとNLPのトランス

NLPのトランスの考え方には、エリクソンの影響が強く表れています。エリクソンは、命令するような古い催眠を使いませんでした。日常の会話の中で相手の体験に寄り添いながら、自然な没入を導いたとされています。

NLPの創始者たちは、エリクソンの言葉の使い方を分析し、「ミルトンモデル」として体系化しました。あいまいで、聞き手が自分の体験で意味を補うような言葉が特徴です。詳しくはミルトンモデルとは?心に届くあいまいな言葉をどうぞ。

ただ、NLPの説明でよく見かける「トランスに入ると潜在意識に直接はたらきかけられる」という主張には、十分な科学的根拠がありません。潜在意識という言葉の意味と、研究でわかっている範囲は、潜在意識とは?顕在意識との違いと付き合い方で整理しています。

日常のトランスを、安全に活かす

トランスは、怪しい技術ではなく、注意の使い方の一つです。入り口と出口を意識すると、集中や切り替えに活かせます。

集中に入る「入り口」をつくる

作業を始める前に、毎回同じ小さな動作をくり返すと、その動作が集中への合図になっていきます。コーヒーを一口飲む、決まった音楽をかける、深呼吸を3回する。特定の合図と心の状態を結びつける考え方は、アンカリングとは?望む気持ちを呼び出すNLP技法で紹介しています。

「出口」も決めておく

深く没入したあとは、意識を外に戻す手順があると安心です。時計を見て今日の日付を確かめる、足の裏の感覚に注意を向ける、周りに見えるものを3つ数える。これだけで、頭がはっきりしてきます。

何度かくり返すと、自分がどんなときに没入しやすいかが見えてきます。それは、あなたが何に心を動かされるかを知る手がかりにもなります。

トランスと付き合うときの注意

運転中や危険な作業中には使わない

没入の練習は、安全な場所で、座っているときに行ってください。運転中や機械を扱う作業中に、意図的に意識を内側へ向けるのは危険です。

「潜在意識を書き換える」宣伝には慎重に

「トランスで潜在意識を書き換えれば人生が変わる」とうたう高額なセミナーや商品もあります。根拠がはっきりしない効果の約束や、断りにくい雰囲気での勧誘には、慎重に向き合ってください。

戻ってきにくい感覚が続くときは

ぼんやりした状態から、なかなか現実感が戻らないことがあります。疲れや睡眠不足のせいなら、休めば戻ります。ただ、それが長く続く場合は、日常の没入とは別のものかもしれません。

没入する力は、もともとあなたの中にある

トランスは、遠い世界の話ではありません。本に夢中になる、音楽に聴き入る、作業に没頭する。あなたはすでに、何度もその状態を行き来しています。

大切なのは、没入を「起きてしまうもの」から「自分で出入りできるもの」にしていくことです。入り口と出口を知っていれば、深く集中することも、そこから安心して戻ってくることもできます。

今日、何かに夢中になって時間を忘れたら、少しだけ立ち止まってみてください。「今、自分はどこに入りこんでいたんだろう」。その問いが、あなたの心が自然に向かう場所を教えてくれます。呼吸や今この瞬間に注意を向ける練習は、マインドフルネスとは?初心者のための始め方で紹介しています。

A question for you

あなたへの問い

最近、時間を忘れて何かに没頭したのは、どんなときでしたか?

このメモは、あなたのブラウザの中だけに保存されます。誰にも送信されません。

よくある質問

トランス状態と催眠は同じものですか?

重なる部分はありますが、同じではありません。トランスは、注意が一点に向かって周りへの意識が薄れた状態を広く指す言葉です。催眠は、そうした状態を意図的に導き、暗示への反応を利用する手続きを指すことが多いです。日常のトランスに、催眠術師は必要ありません。

トランス状態になると、自分をコントロールできなくなりますか?

日常のトランスでは、名前を呼ばれればすぐに戻ってこられます。催眠についても、本人が強く望まないことを無理にさせられる、というイメージは映画などの誇張です。ただし、暗示に反応しやすくなる面はあるので、信頼できない相手の誘導に身を任せるのは避けましょう。

トランス状態とフロー状態の違いは何ですか?

どちらも深い没入ですが、フローは、難しさと自分の力がつり合った課題に、積極的に取り組んでいるときの状態を指します。トランスはもっと広く、音楽を聴きながらぼんやりするような受け身の没入も含みます。フローは、トランスの中でも特に「能動的な没入」と考えるとわかりやすくなります。

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References

  • Elkins, G. R., Barabasz, A. F., Council, J. R., & Spiegel, D. (2015). Advancing research and practice: The revised APA Division 30 definition of hypnosis. International Journal of Clinical and Experimental Hypnosis, 63(1), 1–9.
  • Kirsch, I., & Lynn, S. J. (1995). The altered state of hypnosis: Changes in the theoretical landscape. American Psychologist, 50(10), 846–858.
  • Tellegen, A., & Atkinson, G. (1974). Openness to absorbing and self-altering experiences ("absorption"), a trait related to hypnotic susceptibility. Journal of Abnormal Psychology, 83(3), 268–277.
  • Tart, C. T. (Ed.). (1969). Altered States of Consciousness. John Wiley & Sons.
  • Csikszentmihalyi, M. (1990). Flow: The Psychology of Optimal Experience. Harper & Row.
  • Erickson, M. H., & Rossi, E. L. (1979). Hypnotherapy: An Exploratory Casebook. Irvington.
  • Kirsch, I., Montgomery, G., & Sapirstein, G. (1995). Hypnosis as an adjunct to cognitive-behavioral psychotherapy: A meta-analysis. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 63(2), 214–220.
  • 厚生労働省「まもろうよ こころ」

本当の人生を生きる 編集部

コーチング・NLP・心理学の書籍や研究をもとに、自分を知るための知恵を、やさしい言葉でお届けしています。記事は編集方針に沿って作成し、定期的に見直しています。