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RAS(網様体賦活系)とは?見たいものしか見えない脳
RAS(網様体賦活系)とは、脳幹にあり、目覚めや注意の土台を支えるしくみ。カクテルパーティー効果やカラーバス効果などの身近な例から、脳が情報を選ぶしくみと、問いや目標を変えて見える世界を変える方法を紹介します。
この記事の結論
RAS(網様体賦活系)とは、脳幹を中心に広がる神経のネットワークで、目が覚めている状態や注意の土台を支えています。コーチングでは「大事な情報だけを意識に通す脳のフィルター」のたとえとして使われます。何を大事と感じるかは、目標や問いで変わります。
- RASは目覚めと注意の土台。情報の選別は脳のいくつもの部位が協力して行う
- 人は、目標や問い、自分に関係があることを優先して見ている
- 問いを変えると、見える世界が変わる。ただし行動がともなってこそ意味がある
目次 Contents
車の買い替えを考えはじめたとたん、街でその車種ばかり目に入るようになった。資格の勉強を始めたら、電車の広告にその資格の文字がやたらと飛びこんでくる。そんな経験はありませんか。
車が急に増えたわけでも、広告が急に増えたわけでもありません。変わったのは、あなたの「見え方」のほうです。コーチングやNLPでは、このしくみを「RAS(網様体賦活系)」という脳の言葉で説明することがあります。
この記事では、まずRASが脳科学で本当は何を指すのかを整理します。そのうえで、脳が情報を選んでいるしくみを、身近な例と心理学の実験から見ていきます。最後に、問いや目標を変えることで「見える世界」を変えるワークを紹介します。
見たいものしか見えないのは、欠点ではありません。使い方しだいで、やりたいことや新しい可能性に気づくための道具になります。
RAS(網様体賦活系)とは? 一言でいうと
RAS(網様体賦活系)とは、脳幹にある「網様体」を中心に広がる神経のネットワークです。目が覚めている状態や、注意を向ける準備を支えるしくみだと考えられています。英語の Reticular Activating System の頭文字をとって、RASと呼ばれます。
1949年、イタリアの神経生理学者モルッツィとアメリカのマグーンは、ある発見を報告しました。麻酔で眠らせた猫の脳幹を電気で刺激すると、脳波が目覚めたときのパターンに変わったのです。ここから、脳幹のこの部分が脳全体を「起こす」役割をもつと考えられるようになりました。
脳科学のRASと、コーチングのRASは少し違う
コーチングや自己啓発の本では、RASは「大事な情報だけを意識に通すフィルター」として紹介されます。目標を決めると、RASがそれに関係する情報を集めてくれる、という説明です。
ただし、これは脳のしくみをかなり単純にしたたとえです。実際に「何に注意を向けるか」を選ぶはたらきには、前頭葉や頭頂葉、視床など、脳のいくつもの部位が関わっています。RASはその土台となる「目覚め」を支える部分で、選別のすべてを担っているわけではありません。
この記事では、コーチングでいうRASを「脳が情報を選んで意識に届けるしくみ全体のたとえ」として扱います。言葉の正確さと、日常での使いやすさを分けて考えておくと、どちらにも振り回されずにすみます。
脳はなぜ情報を選ぶのか
私たちのまわりには、音や光、におい、文字など、膨大な情報があふれています。そのすべてを意識で処理することはできません。だから脳は、今の自分にとって意味のありそうな情報を優先して、意識に届けています。
この「選んでいる」ことは、心理学のいくつもの実験で確かめられてきました。
にぎやかな場所でも、自分の名前は聞こえる
パーティーのざわめきの中でも、話している相手の声は聞きとれます。それなのに、離れた場所で誰かが自分の名前を口にすると、ふっと耳に入る。この現象は「カクテルパーティー効果」と呼ばれます。
1950年代、イギリスの研究者チェリーは、左右の耳に別々の話を聞かせる実験を行いました。片方の話に集中するよう頼むと、人はもう片方の話の中身をほとんど覚えていませんでした(Cherry, 1953)。
ところがその後の実験で、聞いていないはずの側から自分の名前が流れると、約3分の1の人がそれに気づくことがわかりました(Moray, 1959)。脳は、意識していない情報も粗く見張っていて、自分に関係がありそうなものを拾い上げているのです。
見えているのに、見えていない
もうひとつ有名なのが、「見えないゴリラ」の実験です。参加者は、白いシャツのチームがバスケットボールをパスする動画を見て、パスの回数を数えます。動画の途中で、ゴリラの着ぐるみを着た人が画面の真ん中を横切ります。
パスを数えることに集中していた人のおよそ半数が、ゴリラに気づきませんでした(Simons & Chabris, 1999)。目には映っていたはずなのに、意識には届かなかったのです。この現象は「非注意性盲目」と呼ばれます。
意識したとたん目につく「カラーバス効果」
冒頭の車の例のように、意識したものが急に目につくようになる現象は、日本では「カラーバス効果」とも呼ばれます。「今日は赤いものを探そう」と決めて街を歩くと、赤い看板や服が次々と目に入ってくる。アイデア発想法の分野で広まった呼び名です。
英語圏では「頻度の錯覚」とも呼ばれます。実際に数が増えたのではなく、注意が向いたことで「よく見かける」と感じるようになるのです。
何が「重要」と判断されるのか
では、脳は何を基準に情報を選んでいるのでしょうか。研究では、注意の向き方を大きく二つに分けて考えます(Corbetta & Shulman, 2002)。
一つは、自分の目標や意図にもとづいて、意識的に向ける注意です。パスを数える、赤いものを探す、といった注意がこれにあたります。もう一つは、大きな音や急な動きなど、外からの刺激に引きつけられる注意です。
日常で「目につくもの」を左右する要素を、振り返りのための目安として整理すると、次のようになります。
| 要素 | 例 | 自分への問い |
|---|---|---|
| 目標・問い | 転職を考えると求人が目につく | 今、何を探している? |
| 自分との関係 | 自分の名前、出身地、同じ持ち物 | 何を「自分ごと」と感じている? |
| 感情 | 不安なときほど危険の兆しが気になる | 今、どんな気分で世界を見ている? |
| 思い込み | 「私は嫌われている」と思うと、冷たい態度ばかり目につく | 何を前提にして見ている? |
見落とせないのは、最後の「思い込み」です。「自分はダメだ」と信じていると、それを裏づける出来事ばかりが目に入り、反対の出来事は素通りしてしまいます。自分を縛る思い込みについては、ビリーフとは?自分を縛る思い込みの外し方で詳しく扱っています。
問いを変えると、見える世界が変わる
脳が情報を選んでいるのなら、その選び方に少しだけ手を加えることができます。いちばん手軽な方法は、自分に向ける「問い」を変えることです。
たとえば、仕事帰りに「今日もうまくいかなかったのはなぜだろう」と考えるとします。脳は律儀に、うまくいかなかった理由を探しはじめます。同じ一日でも、「今日、少しでも前に進んだことは何だろう」と問えば、拾われる記憶は変わります。
どちらの問いが正しい、という話ではありません。反省が必要な日もあります。ただ、いつも同じ問いばかりを自分に向けていると、同じ種類の情報ばかりが集まってくる。そのことに気づいておくだけで、見える世界の幅が広がります。
やってみると、ふだんなら素通りしていた会話や広告、記憶が、ふっと引っかかることがあります。それが、問いがフィルターを変えたしるしです。やりたいことを探している人は、やりたいことがわからない人へ|見つけ方と小さな一歩とあわせて試してみてください。
「もし〜なら、〜する」で、気づきを行動につなげる
気づきを増やすだけでなく、行動につなげたいときに役立つのが、「もしXなら、Yする」という形の計画です。心理学では「実行意図」と呼ばれます。
「もし昼休みに求人サイトを開いたら、気になる求人を一つ保存する」。このように、きっかけになる場面と行動をセットで決めておきます。すると、その場面に出くわしたときに、行動を思い出しやすくなるのです。多くの研究をまとめた分析でも、目標の達成を後押しする効果が報告されています(Gollwitzer & Sheeran, 2006)。
「目標を決めれば勝手に叶う」わけではない
RASの話は、ときに「目標を紙に書けば、脳が勝手に叶えてくれる」という形で語られます。けれど、これは言い過ぎです。
目標を意識すると、関係する情報やチャンスに気づきやすくなる面はあります。でも、気づいたチャンスに手を伸ばすかどうかは、別の問題です。転職を考えて求人が目につくようになっても、応募しなければ何も変わりません。
見えすぎることの落とし穴もある
注意を一つに絞ると、それ以外のものが見えにくくなります。ゴリラの実験で、パスを数えることに集中した人ほどゴリラを見落としたのと同じです。
「この業界で成功する」と強く思いこむほど、別の道やもっと合う選択肢が目に入らなくなることがあります。この「見えなくなる側」に光を当てるのが、スコトーマとは?心の盲点に気づく方法のテーマです。RASとスコトーマは、同じしくみの表と裏だと考えるとわかりやすくなります。
目標を立てるときは、ときどき「これは今の自分が本当に向かいたい方向か」を確かめてください。目標の立て方は、目標設定の方法|ワクワクするゴールの立て方で紹介しています。
一人ひとり、違う世界を見ている
同じ駅前を歩いていても、目に入るものは人によって違います。カフェ好きの人にはカフェが、子育て中の人にはベビーカーで入れる店が目に入る。建築好きの人は、建物の形に目を奪われているかもしれません。私たちはそれぞれ、自分の関心や経験で選んだ世界を見ているのです。
この見方に立つと、人とのすれ違いも少し違って見えてきます。相手が自分と違うものを見ているのは、相手が鈍いからでも、ひねくれているからでもありません。注目しているものが違うだけかもしれないのです。人それぞれの「心の地図」については、メンタルモデルとは?「地図は領土ではない」の意味で詳しく扱っています。
今日ひとつ、問いを持ち歩いてみる
見たいものしか見えないのは、脳の欠陥ではありません。限られた力で、膨大な情報の中から大事なものを拾うための、よくできたしくみです。
そして、何を「大事」とするかは、少しずつ変えていけます。大きな目標を立てなくてもかまいません。「今日、ちょっと心が動いたものは何だろう」。そんな問いを一つポケットに入れて、一日を過ごしてみてください。
夜になって、その問いに引っかかったものを数えてみる。いつもの帰り道に、まだ気づいていなかった景色が、一つくらい見つかるかもしれません。
A question for you
あなたへの問い
今日一日、どんな問いを持ち歩いてみたいですか?
このメモは、あなたのブラウザの中だけに保存されます。誰にも送信されません。
よくある質問
RASとカラーバス効果は同じものですか?
同じではありません。RASは脳の覚醒や注意を支える神経のしくみの名前です。カラーバス効果は、意識したものが急に目につくようになる現象の呼び名です。コーチングでは、この現象をRASのはたらきとして説明することがありますが、実際には脳のいくつもの部位が関わっています。
RASを鍛えることはできますか?
RASそのものを鍛える方法が確かめられているわけではありません。ただ、何に注意を向けるかは、目標や問いの立て方で変えられます。「今日は〇〇を探す」と決めて過ごすなど、注意の向け先を意識する練習なら今日からできます。
目標を紙に書けば、RASのおかげで叶うのですか?
目標を意識すると、関係する情報や機会に気づきやすくなる面はあります。しかし、気づいただけで目標が叶うわけではありません。気づいたチャンスに手を伸ばす行動があって、はじめて結果につながります。
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References
- Moruzzi, G., & Magoun, H. W. (1949). Brain stem reticular formation and activation of the EEG. Electroencephalography and Clinical Neurophysiology, 1(4), 455–473.
- Cherry, E. C. (1953). Some experiments on the recognition of speech, with one and with two ears. Journal of the Acoustical Society of America, 25(5), 975–979.
- Moray, N. (1959). Attention in dichotic listening: Affective cues and the influence of instructions. Quarterly Journal of Experimental Psychology, 11(1), 56–60.
- Simons, D. J., & Chabris, C. F. (1999). Gorillas in our midst: Sustained inattentional blindness for dynamic events. Perception, 28(9), 1059–1074.
- Corbetta, M., & Shulman, G. L. (2002). Control of goal-directed and stimulus-driven attention in the brain. Nature Reviews Neuroscience, 3(3), 201–215.
- Bar-Haim, Y., Lamy, D., Pergamin, L., Bakermans-Kranenburg, M. J., & van IJzendoorn, M. H. (2007). Threat-related attentional bias in anxious and nonanxious individuals: A meta-analytic study. Psychological Bulletin, 133(1), 1–24.
- Gollwitzer, P. M., & Sheeran, P. (2006). Implementation intentions and goal achievement: A meta-analysis of effects and processes. Advances in Experimental Social Psychology, 38, 69–119.