No.02 Tend the Mind心を整える

ホメオスタシスとは?変われないのは意志の弱さではない

ホメオスタシス(恒常性)とは、体の状態を一定に保とうとする働きのこと。変わりたいのに元に戻ってしまう理由を、恒常性の比喩と現状維持バイアス・習慣の研究から整理し、新しい「いつもの自分」を無理なくつくる5つのステップを紹介します。

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この記事の結論

ホメオスタシス(恒常性)とは、体温や血糖値などを一定の範囲に保とうとする体の働きです。コーチングでは、変わろうとしても元に戻る現象をこの比喩で説明します。元に戻るのは意志が弱いからではなく、慣れた状態を保つしくみが働くからです。変化を小さく刻み、揺り戻しを前提に計画すると定着しやすくなります。

  • ホメオスタシスは体の状態を一定に保つ働き。心への応用は比喩として使う
  • 元に戻るのは、現状維持バイアスや習慣、周りの期待が重なって働くから
  • 揺り戻しを前提に、変化を小さく刻むと、新しい「いつも」が育つ
目次 Contents
  1. ホメオスタシスとは? 一言でいうと
  2. 「心のホメオスタシス」は、比喩として理解する
  3. 変わりたいのに元に戻ってしまう4つの理由
  4. 揺り戻しは「失敗」ではなく「変化に反応しているしるし」
  5. 新しい「いつもの自分」をつくる5つのステップ
  6. ホメオスタシスについてのよくある誤解
  7. 戻ってしまう日も、新しい「いつも」は育っている

今年こそ早起きしよう。毎日30分だけ勉強しよう。そう決めて、最初の数日はうまくいく。でも、気づけば元の生活に戻っている。そして「やっぱり私は意志が弱い」と、自分にがっかりする。

こうした経験は、多くの人に覚えがあるはずです。変わりたい気持ちは本物なのに、なぜか体も心も「いつもの自分」に引き戻されてしまう。

先に伝えておきたいのは、元に戻ってしまうのは、あなたの意志が特別に弱いからではない、ということです。人には、慣れた状態を保とうとするしくみが何重にも備わっています。そのしくみを知れば、戦い方ではなく、付き合い方が見えてきます。

この記事では、まずホメオスタシス(恒常性)とは何かを押さえます。次に「心のホメオスタシス」という考え方を、比喩の部分と研究にもとづく部分に分けて整理します。最後に、新しい「いつもの自分」をつくるためのステップを紹介します。

ホメオスタシスとは? 一言でいうと

ホメオスタシスとは、外の環境が変わっても、体の内側の状態を一定の範囲に保とうとする働きのことです。日本語では「恒常性」と訳されます。

暑い日に汗をかくのは、体温を下げるためです。寒いと体が震えるのは、筋肉を動かして熱をつくるためです。食事のあとに血糖値が上がれば、インスリンが出て下げようとします。私たちが意識しなくても、体は一日じゅう、こうした調整を続けています。

この働きに名前をつけたのは、アメリカの生理学者ウォルター・キャノンです。1920年代に「ホメオスタシス」という言葉を使いはじめ、1932年の著書『からだの知恵』で広く知られるようになりました。ギリシャ語の「同じ」と「状態」を組み合わせた言葉です。

エアコンの温度設定に似たしくみ

ホメオスタシスは、エアコンにたとえるとわかりやすくなります。室温が設定より上がれば冷やし、下がれば止める。基準からずれたら、元に戻す方向に働くのです。このしくみは「負のフィードバック」と呼ばれます。

ただし、体はいつも同じ設定値を守っているわけではありません。運動中は心拍数を上げ、眠るときは体温を少し下げます。状況に合わせて基準そのものを動かす働きは、「アロスタシス」と呼ばれています(Sterling & Eyer, 1988)。

この点は、あとで「変わる」方法を考えるときの大切な手がかりになります。体は、ずっと同じ状態にしがみついているのではありません。新しい状況が続けば、保とうとする基準を調整できるのです。

「心のホメオスタシス」は、比喩として理解する

コーチングや自己啓発の本では、「人が変われないのは、心にもホメオスタシスが働くからだ」とよく説明されます。新しい行動を始めると、脳が「いつもと違う」と判断し、元に戻そうとする、という説明です。

ここは正確に押さえておきたいところです。ホメオスタシスは、本来は体温や血糖値など、体の状態について使われる生理学の言葉です。「心が元に戻ろうとする」ことを、ホメオスタシスそのものとして証明した研究があるわけではありません。

「心のホメオスタシス」は、わかりやすい比喩です。ただ、比喩だからといって無意味ではありません。慣れた状態に引き戻されるような現象は、心理学でも別の名前で数多く研究されています。

現象どんなもの主な研究
現状維持バイアス選択肢があっても、今の状態を選びやすいSamuelson & Zeckhauser, 1988
損失回避得るより失うほうを大きく感じるKahneman & Tversky, 1979
習慣の自動性くり返した行動は、考えなくても始まるLally ら, 2010 など
自己確証自分が思う「自分らしさ」を確かめたがるSwann, 1983

この記事では、これらをまとめて「慣れた状態を保とうとするしくみ」と呼ぶことにします。ひとつの力ではなく、いくつもの力が重なって「いつもの自分」を支えている、というイメージです。

変わりたいのに元に戻ってしまう4つの理由

1. 失うものが、得るものより大きく見える

行動経済学の研究では、人は同じ大きさの得と損なら、損のほうを強く感じることがわかっています。これを「損失回避」と呼びます(Kahneman & Tversky, 1979)。

新しいことを始めるとき、得られるものはまだ想像の中にあります。一方、失うものははっきり見えます。早起きなら、朝のまどろみ。転職なら、慣れた人間関係。今の状態を選びやすい「現状維持バイアス」は、こうした傾向と深く関わっていると考えられています。

2. 習慣は、考えるより先に動き出す

習慣になった行動は、「やるかどうか」を考える前に始まります。帰宅してソファに座ったら、手がスマホに伸びる。この自動性は、毎回考えずに済むという意味では、とても効率のいいしくみです。

ロンドン大学の研究チームは、新しい習慣が自動的にできるようになるまでを調べました(Lally ら, 2010)。日数の中央値は66日で、人や行動によって18日から254日まで幅がありました。新しい行動が「いつもの行動」に追いつくには、それなりの時間がかかるのです。

3. 「いつもの自分」を確かめたくなる

社会心理学者のウィリアム・スワンは、人には自分の思う「自分らしさ」を確かめたがる傾向があると考えました。これを「自己確証」と呼びます。自己評価が低い人が、褒めてくれる相手より、自分の見方に合う相手を選ぶことがある、という報告もあります。

たとえば「私は人前で話すのが苦手な人間だ」と思っている人が、思いがけず発表で褒められたとします。うれしい反面、どこか落ち着かない。「たまたまだ」と打ち消したくなる。慣れた自己像が、新しい体験を押し戻そうとしているのです。

4. 周りの人も「いつものあなた」を保とうとする

引き戻す力は、自分の内側だけにあるとは限りません。家族療法の研究者ドン・ジャクソンは、家族にも、慣れたバランスを保とうとする働きがあると考え、「家族ホメオスタシス」と呼びました(Jackson, 1957)。

いつも聞き役だった人が自分の意見を言いはじめると、周りが戸惑い、「らしくないね」と言われることがあります。悪意がなくても、周りの反応が、元の役割へ戻るよう促すことがあるのです。夢や挑戦を否定されやすい人は、ドリームキラーとは?夢を否定する人との付き合い方も参考にしてください。

揺り戻しは「失敗」ではなく「変化に反応しているしるし」

新しいことを始めて数日たつと、急にだるくなる。言い訳が次々と浮かぶ。理由のわからない不安が出てくる。多くの人は、これを「やっぱり向いていない」というサインと受け取ります。

でも、見方を変えることもできます。揺り戻しが起きるのは、あなたが本当にいつもと違うことをしているからです。何も変えていなければ、引き戻す力も働きません。

大事なのは、揺り戻しが来ることを、あらかじめ計画に入れておくことです。「3日目あたりで面倒になるはず」とわかっていれば、その気持ちが来ても「予定どおりだ」と受け流しやすくなります。コンフォートゾーン(慣れていて安心できる領域)との関係は、コンフォートゾーンとは?抜け出し方と成長の関係で詳しく扱っています。

ただし、すべての違和感を押し切らなくていい

一方で、違和感のすべてが「乗り越えるべき抵抗」とは限りません。その目標が誰かの期待に合わせたものだったり、大切な人間関係や健康を削るものだったりすると、心は本気で止めようとします。

時間がたっても強い抵抗が続くなら、一度立ち止まり、「この変化で失うものは何だろう」と書き出してみてください。目標が本当に自分のためかを確かめる方法は、エコロジーチェックとは?その目標は本当に自分のため?で紹介しています。

新しい「いつもの自分」をつくる5つのステップ

ホメオスタシスを相手にするときの基本は、力ずくで押し切らないことです。基準をいきなり大きく動かすのではなく、少しずつずらし、新しい状態を「いつも」にしていきます。

ステップ1:変化を、拍子抜けするほど小さくする

「毎日30分勉強する」が続かないなら、「机に教材を開く」まで小さくします。小さすぎて意味がないように感じるくらいで、ちょうどいいのです。変化が小さいほど、引き戻す力も小さく済みます。

ステップ2:「いつ・どこで」を決めておく

心理学者ゴルヴィツァーは、「もしXになったら、Yをする」という形で計画を立てる方法を研究しました。これを「実行意図」と呼びます(Gollwitzer, 1999)。「朝コーヒーをいれたら、手帳を開く」のように、すでにある習慣にくっつけるのがコツです。

ステップ3:環境のほうを変える

意志の力に頼るより、環境を変えるほうが楽です。夜にスマホを見すぎるなら、充電器を寝室の外に置く。運動を始めたいなら、ウェアを前の晩に出しておく。慣れた行動の「きっかけ」を減らし、新しい行動のきっかけを目に入る場所に置きます。

ステップ4:一日抜けても、そのまま続ける

先ほどの習慣の研究では、一度くらい実行できない日があっても、習慣の形成には大きく響かないことも示されました。一日休んだら全部やり直し、という考え方こそが、元の生活に戻るきっかけになりがちです。

ステップ5:「私は〜する人」と言葉にする

行動が少しずつ続いてきたら、自分を表す言葉も更新します。「早起きしようとしている人」から「朝に少し時間をもつ人」へ。コーチングでは、この自己像の更新が、慣れた状態の基準そのものを動かすと考えます。

この考え方を直接確かめた研究は多くありませんが、自己確証の研究と照らし合わせると、筋の通った見方です。自分を表す言葉の見直し方は、セルフイメージとは?書き換えて自分を変える方法で詳しく扱っています。

ホメオスタシスについてのよくある誤解

「脳は変化を嫌う」は言いすぎ

「脳は変化を嫌う」という説明はよく聞きますが、半分だけ正しい言い方です。人には、新しいものに興味をひかれ、探したがる傾向もあります。旅行や新しい趣味にわくわくするのも、同じ人の心です。

嫌われやすいのは、変化そのものより、先が読めない不安や、失うものが見える変化です。だから、変化を小さく区切り、見通しを立てると、受け入れやすくなります。

恒常性は、敵ではない

元に戻そうとする働きは、ふだんは私たちを守っています。毎日の生活が、気分しだいでがらりと変わってしまったら、とても疲れるはずです。体温が一定だから動けるように、「いつもの自分」があるから、安心して日々を送れるのです。

戻ってしまうのは、あなたの怠けではない

元に戻ることをくり返すと、自分を責めたくなります。その責める気持ちが強くなりすぎると、うまくいきそうな場面で自分の足を引っ張ることもあります。この心のしくみは、セルフサボタージュとは?自分の足を引っ張る心理で扱っています。

戻ってしまう日も、新しい「いつも」は育っている

変わることは、古い自分を一気に捨てることではありません。新しい行動を少しずつ「いつもの中」に混ぜていき、気づいたら基準のほうが動いていた。多くの変化は、そんなふうに起こります。

三日坊主で終わった経験も、無駄ではありません。何日目に、どんな理由で戻ったのか。それは、次に揺り戻しを予想するための、いちばん確かなデータです。

今日できる一歩は、拍子抜けするほど小さなものでかまいません。その小さな一歩を、明日も同じ場所でくり返す。保とうとする力は、やがてその新しい状態を守る側に回ってくれます。続けるための具体的な工夫は、習慣化のコツ|小さな変化が人生を変える理由も参考にしてみてください。

A question for you

あなたへの問い

最近「結局いつもの自分に戻った」と感じたのは、どんなときでしたか?

このメモは、あなたのブラウザの中だけに保存されます。誰にも送信されません。

よくある質問

ホメオスタシスと現状維持バイアスは同じものですか?

同じではありません。ホメオスタシスは、体温や血糖値など体の状態を保つ生理学の言葉です。現状維持バイアスは、選択の場面で今の状態を選びやすい心理の傾向を指します。コーチングでは、両者を重ねて「人は慣れた状態に戻ろうとする」という比喩として使うことがあります。

ホメオスタシスに逆らって変わることはできますか?

逆らうより、味方につけるほうが現実的です。体も、置かれた状況が続けば、保とうとする基準そのものを調整していきます。変化を小さく刻んで続けるうちに、新しい状態が「いつもの自分」になっていきます。

習慣が身につくまで、何日かかりますか?

決まった日数はありません。日常の習慣を調べたイギリスの研究では、自動的にできるようになるまでの日数の中央値は66日でした。ただし18日から254日まで、人や行動によって大きな幅がありました。21日で身につく、という説には十分な根拠がありません。

元に戻りたくなるのは、その変化が間違っているサインですか?

そうとは限りません。新しいことを始めれば、慣れない不安やだるさは自然に起きます。ただ、時間がたっても強い違和感が続くなら、その変化が自分の大切なものとぶつかっている可能性もあります。何に引っかかっているのかを、一度言葉にしてみてください。

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References

  • Cannon, W. B. (1932). The Wisdom of the Body. W. W. Norton.
  • Sterling, P., & Eyer, J. (1988). Allostasis: A new paradigm to explain arousal pathology. In S. Fisher & J. Reason (Eds.), Handbook of Life Stress, Cognition and Health (pp. 629–649). John Wiley & Sons.
  • Samuelson, W., & Zeckhauser, R. (1988). Status quo bias in decision making. Journal of Risk and Uncertainty, 1(1), 7–59.
  • Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect theory: An analysis of decision under risk. Econometrica, 47(2), 263–291.
  • Lally, P., van Jaarsveld, C. H. M., Potts, H. W. W., & Wardle, J. (2010). How are habits formed: Modelling habit formation in the real world. European Journal of Social Psychology, 40(6), 998–1009.
  • Swann, W. B., Jr. (1983). Self-verification: Bringing social reality into harmony with the self. In J. Suls & A. G. Greenwald (Eds.), Psychological Perspectives on the Self (Vol. 2, pp. 33–66). Lawrence Erlbaum.
  • Jackson, D. D. (1957). The question of family homeostasis. Psychiatric Quarterly Supplement, 31, 79–90.
  • Gollwitzer, P. M. (1999). Implementation intentions: Strong effects of simple plans. American Psychologist, 54(7), 493–503.

本当の人生を生きる 編集部

コーチング・NLP・心理学の書籍や研究をもとに、自分を知るための知恵を、やさしい言葉でお届けしています。記事は編集方針に沿って作成し、定期的に見直しています。